• 諸花於呼

跨ぎ袖【7】

『代筆 芳邦小春』

 違和感を覚えた。何故親父は自分で書かなかったのだろうか。


「まず、私が消えたことで友人である君に心配をかけてしまったことを詫びる。


 時間が無いから端的に語ろう。私の病気は深刻で、心臓に紙魚が棲んでいるのだ。紙魚というのは魚ではない、紙を食う虫のことで、小説家である私にとってはこれが煩わしいことこの上なかった。実害もある。私が眠ればこそこそと私の口やら鼻から這い出て、部屋中の紙という紙を食い漁る。それも信じられない速度でだ。一ヶ月もすれば元住んでいた部屋の本がまるっと消えていた。本だけじゃない、紙幣や通帳までだ。


 これは尋常ではないと悟った私は怖くなり、気付けば部屋を飛び出していた。資料も著書も全て失って、途方に暮れ、ノートパソコンと着替えだけをリュックに詰め込み、部屋を引き払って宿を転々とする生活が続いた。病院にも勿論行った。だが、薬を飲もうと手術をしようと私の体は居心地が良いらしく、紙魚は消えてくれない。そうそう、手術中、当然のごとく私は眠りにつくのだが、信じられないことに、心臓の容量を超えた夥しい数の紙魚が手術室いっぱいに飛び出してきたらしい。


 そんなときだった。私は取材を兼ねて空堀商店街で昼食を摂っていた。すると偶然隣に座っていた婦人が頭を抱えていたので、作家の性と言うべきか……ともかく婦人に声をかけたのだ。『どうしたのですか』と。婦人は何を隠そう、芳邦の女将であり、美麗であった。


 婦人の悩みとは、今私の代筆をしてくれている小春のことだった。


 小春は時期が来れば女将を継ぐことになる、婦人の一人娘なのだ。そして女将である芳邦江津子はどうやら寡婦でらしいことが、話の大筋から察せられた。しかも私の小説の、熱心な読者なのだと言う。私はこの日、芳邦に泊まることをすっかり決めこんで、その通り、そこへ向かった。 友人、佐久間楓よ。その娘を一目見たとき私は年甲斐もなくこう思ったのだ。美しいひとだ、と。


 いやいや、思ったのはこのときだけで、あとからこの娘が茶目っ気のある、明るい娘だと思い直したよ。彼女の目を見て話してご覧なさい、きっと君も気に入る。


 私は貯蓄だけはあった。あんな安アパートにずっと住んでいたからね。大金を持ち込んで、しばらくここに住まわせてくれと懇願すると、すんなり受け入れてくれたよ。この間、君からの連絡が一つもなかったのは遺憾だったがね。


 それから一年が経った。私は海外での手術が決まり、そこで女将と永住することにした。ここに君へ、私の財産を分与するからあとは好きにお使いなさい。きっと君の生涯年収ほどにはあるだろう。訊きたいことは山ほどあるだろうが、私が訊いて欲しいときに訊いてこなかった君が悪いのだ。あとはよろしく頼むぞ。」


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