• 諸花於呼

跨ぎ袖【6】

「見えないはずなのに、どうして僕の膝が分かったんですか?」


 言ってしまったあとに後悔する。他人の身体に拘わること――それも年端もいかぬ娘の、ともすればコンプレックスかも知れない話題を軽々しく口に出してしまった。だが彼女は、僕が非礼を詫びるより先にフフ、と笑って思いがけない返答をして見せたのだ。


「見えない、というわけではないのです」

「ではどうして目を?」


 彼女は前髪が鬱陶しくなったのか、一度横に分けてから、


「日中は見せられません。もし、佐久間さまがこちらにご宿泊する機会がございましたら、そのときお見せしましょう」

「でもここは閉館したはずでは?」

「あっ、そうでした。ではお代は結構ですのでどうぞ泊まっていってくださいな」

「いや、しかし」


 僕はこの部屋に入るまでのことを思い出す。人っ子一人いなかった。それもそうだろう、閉館したのだから従業員はいないはず。


「女将はどちらに?」


 ここは親子代々継がれている旅館のはずだ。当然、小春の母親である女将がいてもおかしくはない。だというのに何故、人の気配が感じられないのか。


「それは……まず、そうですね。標先生のお手紙から読んで欲しいのです」


 小春が懐から取り出した封筒を、僕は躊躇いがちに受け取って、宛名の書かれていないところを見る限り親父は、本当に僕を息子だと知られたくなかったらしいことに半ば愕然とする。


 驚いた。親父がこんなに達筆だったとは。柔らかく薄いクリーム色をした封筒から出てきた便せんには、しかし鋭利な印象の文字が書き連ねてあった。


≪前回  次話≫