• 諸花於呼

跨ぎ袖【4】

 斯くして午前六時に梅田駅に着き、ドトールコーヒーで朝食を摂ったあと地下鉄を乗り継ぎ松屋町駅へ。商店街を抜けると地図アプリに表示されている通り歩く。思っていたよりずっと「マシ」な商店街じゃないか。そうすると左手に例の旅館が現れて、一応、僕は旅館に電話をかける。すると随分早く受話器を取る「ガチャ」という音が聞こえ、あの凜とした声が聞こえてきた。


「もしもし」

「あ、もしもし。佐久間ですが」

「? 佐久間さま、でしょうか」

「うーん、えっと、標の息子です」

「はい、小春です。どういったご用件でしょうか?」

「とりあえず、仕事の都合がついたので今芳邦の前にいるんですけれど、今大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です、入ってきてください」


 僕は旅館芳邦を見遣った。木目の美しい、老け込んだ日本家屋で、どっしりとした門が行く手を阻んでいる。郵便ポストには新聞やら郵便物やらがぎっしりと詰め込まれていて、果たして本当に、ここに人が住んでいたのだとか営業していたのだろうかとか、不信感を抱きながら「門が閉まっているのですが」と、小春に告げた。


「しまった、私ったら……少々お待ちください」


 そこで電話がジワリと切られ、代わりに旅館内から物音がギッコンバッタン聞こえてきた。もう僕はその時点で辟易していて、門に寄りかかり、タバコをやらせてもらうことにした。と、せっかく帰ってきたのだから友達にでも会おうと、唯一連絡のすぐつきそうな中島にメールを送信。


 やがて背中越しに閂が開く振動が伝わって来、夏空にもう汗ばみ始めたワイシャツをぱたぱたしながら開かれるそのときを待った。


 しかし、汗の滴が鳩尾を通り過ぎようと開かない。


「開けて良いですか?」と未だ人の気配のする門の向こう側に声をかけると「どうぞ」と返事が。ならばと門を押すと開かない。あ、引くタイプか、僕がもたれかかっていたから向こうからじゃ開かなかったんだ。


 改めて力を込めて開くと、遂に芳邦の全容が見えた。見た目はほかの日本家屋と大差ないが、その佇まいは荘厳と言うほかなくて、看板は下ろしているものの、黒黄金色に輝いて見える木材に僕は数歩あとずさりしてしまったほどだった。落ち着いた景観をしているのに、圧倒される、そんな感じだ。石畳が入り口まで五つ続いていて、その途中に着物姿の、前髪を眉の高さで切りそろえ、ちょうど座敷童のような髪型の、十七歳ほどの娘がいた。


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