• 諸花於呼

跨ぎ袖【3】

 目の前の水タバコの炭がダメになって、ドレッドヘアーの浅黒い肌をした店員が新しい炭を持ってきた。そのとき僕は猛烈に口寂しくなって、肺いっぱいに水蒸気を吸い込みたくなって

「来週の土曜にそっち行きます」


 とだけ答えて電話を切った。


 ……とは言ったものの、やはり親が行方知れずとあっては仕事にも身が入らず、取引を二件フイにしてしまったところで上司に話したところ、それが想像していたより同情を買ったみたいで、木曜日の夜、大阪に帰省した。夜行バスの中で僕はスマートフォンの光を最小限にして旅館芳邦について検索する。初代女将は百年前に芳邦を高級旅館として始めた。最初は振るわなかったそうだが大阪ということもあり、国内の富裕層が観光地として訪れた際宿泊したそうだ。それから二十年ほど経って、親子で事業承継した二代目女将が務めた頃にはある程度経営が安定していて、固定客も獲得、さらに、二代目女将の結婚相手が料亭の料理人だったこともあり、芳邦はさらに高級旅館としての地位を確立させていくこととなった。


 ところが三代目……芳邦の始まってから約半世紀後、先の戦争の余波を受け、四代目女将が継いだ頃、格安旅館への転換を余儀なくされ、当時は賑わっていた商店街も今やマンションとアパートの立ち並ぶ寂れた街へと変貌し、ここを目当てに宿泊する客は減少、安価ということを売りに出してしまっては魅力も失ってしまっていたのだ。


 何故ここまで詳細に調べられたかと言うと、五代目女将がブログに記していたからである。更新日は十日前で、まあ随分とタイムリーな記事だこと。とにかく僕にこの旅館の事情というのは関係無くて、姿を消したらしい親父の詳細を調査しなければならない。「現実を直視」というものを、やらなければならない。と、そうだ。宿を取るのを忘れていたし、せっかくだからここでお世話になるかと予約サイトで再び検索するもどうやら提携していないようで、検索結果に出なかった。そりゃあ今時、ホテル予約サイトと提携していない宿なんて淘汰されても仕方無いよな、なんて勝手なことを思案しながら再び先ほどのブログに戻るとそこには。


「旅館 芳邦(閉館しました)」


 いやいや、聞いてないって。


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