• 諸花於呼

跨ぎ袖【11】

「そんなんお前、あるわけないやろ! 心臓やで? 寄生されたとしたらとっくに死んどるやろ」

「……たしかに」

「お前ほんっまにアホやな! 駆け落ちの理由付けにするための嘘やろ!」

「だとすると、あの手紙の内容、ほとんどが嘘ってことに」

「と、言うと?」

「僕のこと『友人』やて」

「なんでそんな嘘吐く必要あんねん」


 中島が訝しむのも当然だ。


「知らんけど」

「知らんけど、て。まあちょっと考えたら分かるけどな。あ、すんません生」

「僕も生で」

「つまりはお前さん、血縁関係を洗いたかったってとこやと思うわ。お前のお袋さんとの離婚歴もあるわけやし」

「でもそこまでして隠したいもんか?」

「そこまでしての、そこまでって部分に現れてると思う。仮永住権の申請かてすぐにはできひんやろ。計画的やんか。おやっさん、小説家かてほんまは辞めたいんちゃうか?」

「そのへんの心配はないって。出版社かてなんもアナウンスしてへんし、事実連載は続けとる」

「ほおん。で、連載中の小説のタイトルは?」

「『振袖を跨ぐ頃』」

「『振袖を跨ぐ頃』……か。振袖振袖、成人式の話やろか?」

「いや、今のところタイトルに係った話は出てへん。中年女性が男子大学生に恋する話や」

「キラキラしてんなあ!」

「ほんまに……親父五十過ぎやで。いい加減まともな話書いて……」


 中年女性が若い男子に恋を……


 ……待て、これって、朝方感じた嫌な予感に近いんじゃないのか?


「ま、とりあえず飲もうや」

「あ、うん、そうやね」


 僕はジョッキに口を付け、ゆっくり何度も溜飲を下しながら傾けていく。飲んでいる最中、中島が言った「でももし、病気の話が本当なら、旅館の権利書とかどうなってんのやろうな」の声だけが耳にこびり付いて、やがてそれは言葉ではなく音声として、次第に麻痺していく脳髄に飲み込まれていった。


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