• 諸花於呼

跨ぎ袖【1】

 落ち着くことから始めよう。そしてすうっと息を吸い込み、吐き出してから「現実を直視」することを始めればいい。


 僕の親父は今年のゴールデンウィークに恒久的幸福を手にするため海外に渡った。この事実を知らせたのは一通の手紙――それも、父直筆のものではなく所謂代筆がいて、件の「現実を直視」する、その対象であるここの宿の娘さんが代筆を務めたのだったからして、真実性というか真っ当な情報なのかどうか、僕には量りきれずにいる。


 親父は小説家で、幼い頃から彼の呑む紫煙に咳き込みながら、八畳一間の安アパートに二人で住んでいた。ときどき大家のカヤさんがうちの部屋の窓から煙が出ている知らせを聞きつけ、眉間に刻まれたしわを、まるでゴムを引っ張ったり撓めたりするみたいにグニャグニャ自在に動かしながら「オイ! 佐久間、部屋でタバコ吸うなって言ってんだろ!」ってな具合に怒鳴り込んできた。そんなとき父親は僕にこう言うのだ。

「ダメって分かっててもやっちまう、こういうところだよな、こういうところ」

 だけれど僕は、親父の言う「こういうところ」は結構好きで、彼の小説の綺麗事ばかり為しては幸福をつかみ取る登場人物よりかはずっと人間の泥臭さを感じていた。

 それから十何年か経って、僕も手に職を付け実家の安アパートを出て行くと、親父はすっかり安心したように体調を崩して、病院の世話になった。僕もこの時期は新入社員だったということもあり彼の病状について深く詮索したくともできずにいた……とは言っても、実際親父を心配することくらいはできたろうし、病名くらいなら五分あれば電話で訊けただろう。こういうところ、僕のこういうところはときどきどうしようもない間違いを産むのだと、今ははっきり思い出せたもんじゃないけれど、ままあった。親父の病は深刻で、どういうわけか左心房に魚が泳いでいるらしいのだ。魚、といってもあの魚ではない。


「紙魚」だ。


 この紙魚、医者が摘まんでも殴ってもなかなか離れず父の心臓に棲み着いて、如何ともし難く易々と最終手段である海外での手術に踏み切った――の旨を知らせたのが件の宿娘だということで僕は腹の立つやら胸のすくやらやきもきしていてどこか清々しい何とも形容しがたい感情に襲われて、深呼吸をした次第だ。その宿というのは僕の住む東京の下北沢から……こう言うとややこしくなるからひとまず僕の住まいのことは置いておく。大阪のミナミにある、空堀商店街を上本町方面に抜けた先の、公園の隣の旅館。信じがたいことに、風情もへったくれも無いこんな旅館で父は、僕が東京で暮らし始めてから今まで住んでいたという。


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