• 榊凛

娼婦と淑女【3】

「ねえ理、学校で何かあった?」「ふえっ!?」私は夕食の準備をしようとキッチンに立っていた理に問いかけた。すると理は、おかしな声をあげて冷蔵庫の野菜室から出した人参を取り落としてしまった。


「やっぱり倫ちゃんは鋭いなあ」


 人参を拾うと、理は恥ずかしそうに長い睫毛を伏せた。


「実は私……佐藤肇君と付き合うことになったの」


 ああやっぱりか。膨らんでいた風船が割れ、そんな思いが心の中を満たした。呆然としている私を置き去りにして、理は尚も喋り続ける。


「実は今日、学校帰りに男の人達に話しかけられちゃって。それで困ってたところを助けてくれたのが佐藤君だったの。かっこいいよね。そのあと告白されたから思わずオッケーしちゃった」

「そっか」


 私はそう返すことしかできなかった。理はそんな私を見て、ふっくらした柔らかそうな唇を綻ばせた。


「そんなに心配してくれなくても大丈夫。佐藤君、いい人だし」


 そう言って笑う理は本当に嬉しそうで、私は戸惑いを隠せなかった。あんなに男の人は苦手だと言っていた理が、誰かと付き合うことになるとは。私は理が男性恐怖症を克服したことを嬉しく思うと同時に、一抹の寂しさを覚えていた。家でも学校でもどこでも私にべったりだった理が私から離れていくのかと思うと、胸が焼けつくように痛む。けれど、妹の選んだ人を信じ、幸せを祝福するのも姉の務めだ。私は精一杯の笑顔を作り、理の目をまっすぐに見た。


「わかってる。おめでとう理。でも何かあったらなんでも相談してね」

「うん。いつもありがとう」


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