• 榊凛

娼婦と淑女【2】

「倫(りん)ちゃんどうしたの? 険しい顔して」理が私に小声で訊いた。「ううん、なんでもない」私としたことが苛立ちが顔に出ていたらしい。理の美しいアーモンド形の目を見つめて口角をうまいこと上げると、私は前を向いて講義のスライドに視線を移した。先生は西ヨーロッパのキリスト教化について、フランク王国の歴史、教皇制や修道院の発展などについて交えて話していて、内容自体は面白かったのだが、抑揚のない話しかたのせいで聞いていると眠くなってしまう。私は欠伸を噛み殺し、手の甲をぎゅっとつねって眠気を飛ばした。横では生真面目な理が真剣に講義を聴いている。目の端を使って理の向こうを見れば、ちょうど佐藤肇も同じことをしていたようでばっちり目が合ってしまった。笑いも睨みもせずに視線を外すと、私は溜息をこらえて俯いた。


 大学というのは自由なところだ。授業に出席するのも自由、サークル活動に参加するのも自由、誰かと恋愛するのも自由。何かを強制されることもない。しかし私は男どもの穢れた手や視線から理を守らねばならない。理は幼い頃から痴漢や変態に狙われ続けたせいで男性恐怖症気味なのだ。そんな理のために私は大学にいる。私が傍にいる限り、佐藤肇も何もできまい。


 そう油断していたのが間違いだった。ある日、私は体調を崩してしまい、理を大学に残して早退し家のソファで寝ていた。数時間して帰宅したとき理は何やら赤面していて、私は何故か嫌な予感がした。ただいまという挨拶のあと、理は私の体調を気遣ってくれた。その間も理はどこか上の空で、嫌な予感は風船のように膨らんでいった。


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