• 黒田明男

みずからゆだる【5】

 そして俺は、吐いた。


「どうしたのぉ! どうしたのぉ!? 瀧くぅん!!」


 慌ててるのと面白がってるのが混ざったような声で喚く山本良雄の足元に吐瀉物の絵を広げながら、俺は岡田美津子の文字を思い出していた。それが書かれたわら半紙を。それを二人で見つめる渡辺和也と俺を思い出し、記憶の中で飴色の光に満たされる十五歳のあの日の教室を思い出していた。


 そうやって十五歳の俺と十七歳の俺は繋がり、口をゆすいで、でもどうしてその二つが繋がったのか理由が分かるような分からないようなで頭をどんより重くしながら、すでに吐瀉物が片付けられた教室に戻り、残りの授業を受け、俺は下校した。


 オニ虎の角をいつもと違う方向に曲がり、件のラブホハウスの前を過ぎ、あの家からまた岡田美津子が出てきたらどうだっただろうかと考えながら、俺は自転車を走らせた。


 この日の出来事を思い出すたび、俺は思う。


 あれは、運命だったのだ。


 運命は、そんなたいしたもんじゃない。くだらないものに、くだらない形で、くだらなく作用する、そういう運命もある。というかそういうのがほとんどだ。それが、デブな中年のシングルファザーである俺の考えだ。


 ひとつは、あの日が土曜日だったこと。


 ひとつは、ラブホハウスのある通りの先に古本屋があって、いつ前を通っても閉まってるその店が、開いていたこと。


 ひとつは、古本屋の前のワゴンに、仕入れたばかりのカセットブックが山積みになっていたこと。


 ひとつは、その中に竹中直人の朗読する夢野久作の『死後の恋』があったこと。


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