• 黒田明男

みずからゆだる【3】

 岡田美津子は背が低いわけでもなければ、高いわけでもなかった。太っているわけでもなければ痩せ

ているわけでもなくて、記憶の中の彼女から一番最初に連想されるのは五〇〇ミリリットルのペットボトルだ。そこに三つ編みや少し日焼けした肌を加えると、手抜きの絵描き歌みたくいきなり、岡田美津子が完成する。


 岡田美津子と俺は同じ中学に通っていて、三年生のときは同じクラスだった。部活はブラスバンド部で、噂では同じクラスで同じ部活の島貫充(医者の息子で、隣のクラスに双子の兄がいた)と付き合ってるらしかった。俺はそれを聞いて、やはり同じクラスの渡辺和也と『あいつらヤってるのかなあ』なんて言ったりしてて、つまりどういうことかといえば、俺にとって岡田美津子とは、誰と付き合ってると聞いても嫉妬する気すら起こらない、でも恋愛対象外と表現するのも違う感じの、完全に自分の世界の外にいる存在だった。


 思い返すと、やはり渡辺和也との会話だった。


 休み時間だったか、放課後だったか。そのとき俺は、渡辺和也と教室の教壇に座っていた。俺と渡辺和也の間には教卓があって、位置関係としては、こんな感じだった。


 俺 教卓 渡辺和也


 わざわざそんな風に座ってた、理由はわからない。見つけたのは、俺だったか渡辺和也だったか。俺と渡辺和也は、束になったわら半紙を見てた。最近答えたばかりのアンケートだ。進路について悩みがあったら書くようにという設問で、そんなことが書かれたアンケートが、教卓の中に置き去りになっていた。クラス分まるごと。まず間違いなく、担任教師によって。


「あいつ、バカなんじゃねーの? こんな大事なもの置き忘れるなよなー」


 担任教師を罵りながら、俺と渡辺和也は、アンケートの紙を次々めくっていった。ほとんどの生徒は、一、二行で適当に答えていた。俺もそうだった。悩みを悩みとして自覚し言葉にする能力なんて、中学生の俺にはなかったし、いまだって怪しい。それは、岡田美津子だって大差なかったかもしれない。でも、彼女は違った。紙をめくる手が止まった。俺も渡辺和也も、たっぷり三分くらいかけて読んだ。岡田美津子だけが、わら半紙のほとんど全部を使って『進路についての悩み』を書き上げていた。


 どうして岡田美津子にだけそんなことが可能だったかといえば、彼女の人生の問題が、あまりに整然としたものだったからに違いない。


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